「源氏物語 柏木」(紫式部)

柏木・女三の宮の密通と源氏の痛手

「源氏物語 柏木」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

衰弱の一途をたどる
病床の柏木は、
死を覚悟した歌を
女三の宮と交わす。
その夕刻、女三の宮は産気づき、
翌朝に運命の子・薫を産む。
内心喜ぶことのできない源氏。
出家を懇願する女三の宮。
そして夕霧に後事を託し、
柏木が逝く…。

源氏物語第三十六帖「柏木」。
「若菜上下」で
主役に躍り出た柏木ですが、
本帖でついに命運尽きてしまいます。
柏木と女三の宮の密通は、
それぞれを悲劇へと
追いやったのですが、
源氏もまた痛手を被っています。

源氏の痛手その一・面目の喪失
天皇に次ぐ最高権力者まで
上り詰めた人間が、
若い妻を寝取られるのですから、
その事実が公になっては
面目丸つぶれです。
いや、公にならずとも、
手引きした女房が存在する以上、
真実を知っている人間がいるはずです。
それ自体、源氏にとって
我慢ならないことでしょう。

源氏の痛手その二・過日の罪と向き合う
源氏は遠い過去となった
自身の不義密通と
向き合わざるを得なくなります。
父帝を裏切り、藤壺と情交を重ね、
ついには懐妊させてしまった
過去の過ち(もっとも
当時の源氏が恐れていたのは、
事が露見し父帝の怒りを
買うことであり、
裏切り行為そのものに
罪を感じていたわけではありません)。
自分と同じ苦悩を、
あの日の父帝もまた
背負っていたのではないか、
そしてその事実を知りながら、
父帝は知らぬふりを
していたのではないかと、
自身の罪の大きさ、
つまり因果応報に慄くのです。

因果応報はもう一つあります。
源氏はかつて兄帝の寵愛する朧月夜と
逢瀬を重ねています(こちらは露見し、
源氏の須磨隠遁の原因となった)。
兄の味わった屈辱を、
今度は源氏が味わわされているのです。
女三の宮はある意味、
父朱雀院の恨みを果たした格好です。

もっとも朱雀院は朧月夜との一件は
水に流しています。
最愛の女を寝取られてまだ源氏に
どこか惹かれてしまうのですから、
朱雀院の人がいいのか、
源氏の魅力が大きいのか、
判断がつきかねるところです。

源氏の痛手その三・
兄朱雀院の不信を買う

その朱雀院は、女三の宮の将来を
心配して源氏に嫁がせたのですが、
決して幸せなものには
ならなかったことを悟ります。
朱雀院には源氏への不信が
少なからず芽生えます。
それもまた権力者となった源氏には
耐えられないことなのでしょう。

「若菜上」から始まった、
晩年の源氏の物語。
本帖「柏木」で
悲劇の一つ目が幕を下ろすのですが、
筋書きはさらに最後の悲劇へ向けて
突き進んでいくことになります。

(2020.9.26)

kosikagikuさんによる写真ACからの写真

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